問いかけ、そして、こたえる(答える・応える)・・・
陰陽の間で起こる【呼びあい】です。愛の交歓・交換ですが、これぞ宇宙のシンクロ!!

質問と答えは、一対であり、ワンセットです。
だから、いつもセミナーなどでも、「内なる問いかけ」を推奨している所存です。

「人間は何でも質問して答えを求めるけれど、それは思考の世界のこと」
禅ではそのように言われますが、思考からではなく、真の質問には答えがあります。
「いのち」を生きるということは、もっと直接的なことだからです。

そういう意味で、私が「は?」と違和感と共に驚く時が、必ず「思考の質問」「頭の質問」をされる瞬間です。
でも、それもよく理解できますから、一切責める気持ちにはならないのですが、そういう方へは、一切「こたえ」は通じません。

常に、「問いかけ」&「こたえ」はワンセットで【今ここ】の内側にちゃんとあります。
それは、思考や頭の「問いかけ」ではない場合です。
それでも、頭による「問いかけ・質問」でさえ、空理空論の思考遊びを堂々巡りするという「応え」が来ていますけれどね。

「どうすれば○○になれるの?」
「これって、どうすればいいですか?」
頭の「問いかけ」とは、こういうパターンです。
頭が不安を持っていて、何とか自信をつけたいか、先に保証・同意をもらって安心したいか、そういう動機があっての「問いかけ」です。
ハラからの問いかけではありませんし、いのちの問いかけでもないのです。

技法・方法・道すじなどを、やる前から知りたがるわけですが、でも、その技法・方法・道すじこそが「こたえ」なのです。
ご本人が、ものごと・できごとの中から体験するしか分からないのです。
ものごと・できごとは中立(=愛)ですが、その愛の中に全ての「こたえ」が含まれており、そのタイミング、その状況、その人選、適材適所で、「といかけ」と「こたえ」が違ってみえたりします。ときには真逆だったりします。
違ってみえるのに、真逆にみえるのに、その全てが自然の摂理に沿っています。

私が、「問いかけ」をして下さいとお伝えする場合の「といかけ」とは、シッカリとした意図を持って、いのちの真剣さを土台とする「問いかけ」&「こたえ」のことです。
「投げかけ」と「受け取り」という表現に言いかえることもできます。
「投げかけ」「問いかけ」は、オーダーすることであり、宣言することであり、探求する意思表示です。

「八百屋に行こう」「電車に乗ろう」も、実は「問いかけ」なのです。
あなたの全身全霊が、その「問いかけ」をすると、八百屋に行くのは【こういうことか!】という実践的な「こたえ」を受け取るわけです。

【今ここ】にある、あなたの「いのち」の中に、全ての時空間の叡智(つまり「こたえ」)がありますから、真剣に「問いかけ」をし、それを身をもって体感することで「こたえ」を受け取ります。
体感する前でさえ、「身をもってそれをやってみたいから」「~の意義を知りたい」と真剣に問いかけると、ナイスなアドバイスを「こたえ」として受け取ることがあります。

「なぜ、このような目にあうのか」を、真摯な愛の心で「問いかけ」をすることがなかったなら、「こたえ」を受け取ることが発生しません。

そういう意味では、「ただ、全てをお任せして生きているだけでいい」というのはちょっと違うと感じます。基本はそうですが、「おまかせ」だけの「受け身」だけでは「いのち」を生きて知ることにはなりません。「感じよう」とする「自主性」も大事で、そうでなければ「こたえ」を体験できません。

そして「こたえ」を頂いたなら、また必ず、人生の「深み」をもっと「問いかけ」したくなるはずですし、その情熱が「いのち」の無限の性質です

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