本来の脳は、「天界・神界」(つまり高天原)からの高次の情報を、解析するというものすごい役割を持っていました。
でも、今現在、ほとんどの人が脳を単なる「記憶」(過去のデータ)の貯蔵庫だけとしてしか使っていません。
その「記憶」さえも、源の神界の記憶ではなく、「こんなふうにされた」「こうあるべきだ」という固定観念の貯蔵庫になっているだけです。
その固定観念の中でのみ、人生の選択をしようとするので、根源の神界からのメッセージが届きません。
どんなに最高・最善と思えるような答えを導き出したとしても、それは過去の情報や記憶に頼った範囲の「人間的な答え」でしかなく、「今この瞬間!」という新しい、素晴らしいゼロポイント(=空)からの新鮮な答えや「メッセージ」ではありません。

現実世界で、内面的にも外面的にも繁栄している方々というのは、素直な生きる喜びの「ひらめき」で生きています。
古い記憶や誰かの情報だけに頼って生きる訳ではなくて、その瞬間、その瞬間の「ひらめき」を各自でチャネルして生きて行動しています。

「今この瞬間」において、過去の傷ついた心や記憶が完璧に【みそぎ】されているならば、真っ白な心の自分(神ながらの自分)に戻っているならば、今ここに湧く「ひらめき」を「喜びごと」として嬉しく受け止めることができ、そのまま喜びの心で行動していくことができるのです。
それが、まさに「神ながらの道」ということなのです!

過去の記憶や、過去の思い込みや、自分勝手な固定観念や、傷ついた心などの記憶があると、そのような「ひらめき」はチャネルできません。
何となく受け取れたとしても、それを罪悪感や傷ついた心を土台として受け取るために、気持ち良く「ひらめき」の声が信じられません。だから、現実に生かせないのです。

チャネルして受け取った「ひらめき」自体に対して、疑いを持ち、迷いをし、躊躇して、せっかくの「ひらめきメッセージ」を台無しにしてしまうのです。(「ひらめき」は、チャネラーだけの特権ではないのですから!)
過去の傷の記憶、片寄った概念、思い込みといったものが、いかに「くだらないもの」かを理解して頂き、源からの「いのち」の喜び(=光の柱)でイザ溶かしてしまうぞ!という「意のり」の情熱を持って頂きたく願っています。

「意のり」(=決意)と「みのり」は表裏一体であって陰陽一対です。
●「いのり」はエネルギーの「種まき」です。
エネルギーの拡大放射です。高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
●「みのり」はエネルギーの「受け取り」です。
エネルギーの凝縮現実化です。神産巣日神(かみむすびのかみ)

「いのり」という「種まき」の時に、「ああ、ちゃんと実るかなあ」と疑って心配した分だけ、苗は弱っていきますから、「みのり」は弱くなって当然。

伊勢神宮などの「御田植祭」を見習って下さい。
御田植祭(おたうえまつり)は、寺社や皇室の領田で行われる行事であり、稲作の成功を【前もって、あらかじめ祝う】神事です。予祝、前祝いの神事です。
「すばらしく育て!」「大いに栄えて実れ!」と喜びを持って種まきをするから、そのように「みのり」ます。

「いのり」は喜びからの「問いかけ」です。「みのり」は喜びからの「答え」です。
「いのり」は喜びを出すことです。「みのり」は喜びを受け取ることです。
「いのり」は男性性です。「みのり」は女性性です。

「い」と「み」がそろってこそ、現実創造の「いみ」を成すのです

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