道「創造の源」の意思、天の意向、それは【全体繁栄】を欲求して意気込む心のことですが、その「心の波動」は、実に喜ばしく、実に晴々として、やる気満々で、ゆったりしていて充実しきった状態の「いのちの波動」のことです。

ところが、その「源の意向」としての「源の【波動の質】」からズレてしまうと、「源」と「物理世界の時空間」をつないでいる【道すじ】が完全に通行不可となってしまいます。
つまり、意図し、決めたことが物理世界へは出現せず、もたらされなくなるのです。

【道すじ】は、宇宙の森羅万象が起こってくる「軌道」のことで、この【道すじ】も「源の意思」の波動によって造られていますから、「源の波動の質」と違ってしまえば、「軌道」に乗れなくなるのは当然です。
この【道すじ】のことを【神ながらの道】と呼び、あるいは「豊穣の河」(天の安の河)と呼びます。
つまり、源の意思である「【全体繁栄】を本気で願う真心」の「波動」でなければ、この【道すじ】を通ることができません。

通りゃんせ、とおりゃんせ、ここはどこの細道じゃ
「天神」さまの細道じゃ
ちょっと通してくだしゃんせ
「御用」の無い者 通しゃせぬ
「行き」は良い良い 「帰り」(返り)は怖い
怖いながらも 通りゃんせ 通りゃんせ

天神は、「創造の源」の意思のこと。
「御用」は、「弥栄に誠をつくすこと」つまり「神の御用」のこと。
「行き」は、「意図の発動」(願望・欲求の発動)のこと。
「かえり」は、「結果・反動」のこと。「返し」です。

いかに「創造の源」の「波動」と一致し、共振し、シンクロすることが重要かを、歌にして伝えてくれています。
「創造の源」の波動と一致したくなくて、それでも自分だけを中心とする願望【だけ】を通したいとき、違った「道すじ」を通るしかなくなりますが、これを「外道」(げどう)と呼んでいます。
【神ながらの道すじ】を通るか、でもやっぱり通るのをやめておこうかと心が「惑う」(まどう)とき、「魔道」と呼ばれる「道すじ」に入ります。

「外道」「魔道」も、ご本人にとっては楽しいでしょうから、浅いワクワクや、刺激的な興奮や、さらなるエゴの助長を生んでいくのです。
ですから、ここに選択の自由と尊厳があります。
どちらを選んでも、自分が選んだのなら、「返し」は責任をもって受け取ることです。

「外道」「魔道」に入っても、道を変更することはいつでもでき、これを古事記では「道がえし」と呼んでいます。そして、三種の神器の「玉」とは「道がえしの玉」のことでもあり、これが私たちの「肝っ玉・丹田」に相当します。

「神ながらの道」に沿っているとき、宇宙の森羅万象の「秩序ある軌道」とも一致し、あなたの物理的現実が、まるで季節がめぐるようにスムーズに自動的に運ばれていくのです。

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