なばな3(一応、先ほどの続きですが、メッセージというより、長いつぶやきです・・・。宜しければお読み下さい。)

「創造の源」つまり「いのちの源」「存在の源」の【意向】を明確に思い出してしまうと、個としての自分など本当にどこにも存在していないことが腑に落ちてしまいます。【全体ひとつ】であるとしか言えなくなるのです。

個としての存在は、そのつど「全体の一部」としての役割を果たすものなのだという認識をした人にとっては、「創造の源」との波動のズレは全くなく、質の低下(=変質)もなく、完全に「源」と合致しています。(アセンションです)

でも、「全体の一部」としての役割などお断りしたいという、個人的な「えり好み」をする心がある場合、「源」の波動の質からズレていくのです。個としての今の私は、いかなる指示・指令が「源」や「天」から来ようが、喜んで何でも引き受けることができます。その指令が【全体繁栄】になるのなら。(一年前の自分からは想像もできないことです)

もしも、今現在のお仕事が私への役割でなくなって、別のものが来ようとも、本当に何でもOKなのです。どんな事柄でも、どんな状態の自分でも、心底、常に至福だと思えるようになりました。それが死であっても。
大きく心を開いての【指示待ち】です。ですから、特に何も不安もないですし、計算もありません。
指示は突然であることが多いと感じていますが、でもそれまでは楽に充実して過ごせます。

ここしばらく全く構わないでいたF男から電話がありました。
『たった今、「神ながらの道」を読み終えた!
分かったよ。もう本当に分かった。玉置神社へ行った時に泣いたけれど、あの時の気持ちを忘れたわけじゃない。そして今はもっと「源」や「空」のことが理解できた。もうこれからの時代は「空」さえも超えるということなんだ!
俺的に言うと「超空」(ちょうくう)という感じだ! そこには論理のマトリックスが全く無いね』

電話の向こうの彼は泣いていた・・・。

...................................................
スター・ハート(Mana)
TEL:052-761-4344
メルマガ登録はこちら
facebook:スターハートのfacebookページはこちら
...................................................