ご迷惑をおかけしましたが、消えたブログ(笑)を取り戻すことが出来ました。このたび、沢山の方にサポートを頂いたこと、ここに改めて深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。とても心強かったです!
一斉にアクセスを頂いたこと、ウイルスの可能性、原因は特定できませんが、パスワードを変更し、今後はこういうことのないようにしていきます。消えたブログのうち、フォローアップの[お知らせ]だけは先にUPしました。残りの2つほどは、夜中か明日のうちに。その前に、今日の内容を書かせて頂きます。
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せいじゃく【静寂な空の場(ゼロポイント・フィールド)】
日常における様々な感情・気分・感覚というものは、一瞬のうちに私たちの注意を引き、自己の中心から気を散らします。
外の雑音だけに限らず、内なる雑念やどうでもいい思考も雑音みたいなものですが、そこに対する感情反応が私たちの気を引きます。
気にする。気にかける。こういうことが無意識に今までの習慣になっており、馴染んでしまったのです。

ですから、思考観察をしていったり、感情をYES!OKして受け入れていくにつれ、段々と自分の中にバランスが取り戻され静寂さが戻ってきますが、それなのに雑音が無いことに不安を覚え、急に落ち着かなくなることが起こります。
この静寂な無音の状態は、「空」の場の本質そのものなのですが、激しい感情や明確な感情が無くなると、それを[退屈]とか[不安]と決めつけてしまうのです。ドラマチックな感覚でなければ、生きている感じがしないというクセになってしまったのです。

静かな湖面のように感情が動かないこと、それはとてもバランスされた基本の状態なのに、相対的には何か恐ろしい感じがするのです。(ただ慣れていないだけですが。)
感情が無いとき、憂鬱か、落ち込みか、悲しいか、何かの間違いかもしれないと怖くなるのです。「何かがおかしい。」と怖くなるので、もっと怖いことを考えるほうに走ります。
多少バランスが崩れて乱れているほうが逆に安心になっていますし、何かトラブルさえも作りだそうとさえします。激しい感情や強い感覚が無ければ、生きた実感がしなくなっています。イキイキとしたいために、激しさを求めるのです。

ですが、まことのイキイキは、激しさとは無縁なのです。ジュワ~っと静かに分かるものですので、これは実は[静寂さのもっと奥]にあるのです。
それを知らないから、退屈だと解釈した静寂さから逃れるために、激しい感情や、あるいは、混乱・とまどい・不安・疑惑などのような[揺れ動き]を自ら創造していくのです。感情や気分によって自分を[揺らす]ことで、生きている実感を確かめるのです。でも、[揺れる]とき、あなたの存在の中心(=源泉))からズレてしまい、源泉に立つことが困難になって、好ましい喜ばしい現実を創ることができなくなります。

あなたの頭が静寂になったとき、あなたの内面が完全に沈黙無音になったとき、その後どうするかが分かれ目です。怖くなって揺れ動くほうに行くのか、あるいはその平和な静寂に気持よく留まって、さらに深みを感じるべく奥に入っていくのか、2つに1つです。

多くの人間にとっては、静寂や平和に慣れることのほうが忍耐力を要します。瞑想も座禅もそのためです。
多くの人にとって、静寂=退屈という図式なので、平和な現状に居るよりも、混乱した現実を創ってどこかホッとしたいのです。こんなにうまく運んでいいのだろうか?ちょっとくらい不幸があると嬉しい・・・(笑)。

でも、先ずは平和で静寂な場(フィールド)をご自分の中に維持するクセにして、それに順応して下さい。
バランスがとれている日々とは、極端から極端へ揺れることではなく、適切な心地よい心の状態に居ることですから。

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