だんす歓喜や喜悦やエクスタシーは、二つ(あるいは二人)が存在する時にしか起こらない。自と他が存在する時にしか起こらない。【二つの極】が存在する時にしか起こらない。そのために【二つの極】がある。【中心】から(聖なる二分法によって)、もうひとつ極を生み出し、そこが拡大されて「いのち」の大河となったのです。これが宇宙です。

たったひとつの【中心】=【ゼロ極】から、もうひとつの極が生み出され、またもとの全体ひとつとなって合体し、また次が生み出される。「【二つの極】への分離」と、「全体ひとつへの融合」の躍動ダンスが宇宙の実体であり、私たちの現実人生です。

たったひとつの「全体すべて」という【中心】しかない時、原点しかない時、ゼロ点しかない時、誰もが至福になれるし、静寂でいられる。心も穏やかでいられる。この境地を「悟り」と呼び、あらゆる瞑想法や技法や修行が使われて、この境地を目指した。でも、もともとの本質なのだから、ここに至るのはかなり簡単だと、最近になって多くの人が気付き始めているようです。

でも、【中心】の至福の境地だけにとどまっているだけでは、歓喜やエクスタシーで胸が高鳴ることもないし、トキメキが起こることもない。ましてや、それを表現せずにはいられないような衝動に駆られることもない。歌を唄い、絵を描き、ダンスをすることなど起こってこない。料理をし、掃除をし、家事を楽しむことなど起こってこない。

でも、それらのエクスタシーが起こってくるのは、あなたが完全にあなたの【中心】につながって合体融合していることが前提です。あなたは、あなたの【中心】を定めなくてはならない。孤高で、至福で、静寂な【中心】にしっかり立たなくてはならない。柱となってそこに立たなくては何も始まらない。

泉が、「水」を抜きにしてはお話しにならない。それでは泉とは呼べない。だから、泉は「水の中心」となる自覚を持つ必要がある。中心なくして水は出ない。あなたがあなたの【中心】を定めるから、万能なる「いのちの水」があふれ出すことができる。

そして、すでにあなたの【中心】はアル!そうでないなら、あなたは今ここに生きていられないはずだから。はじめからすでに用意されている【中心】を、今あなたが意識するだけで(自覚するだけで)、そこはさらにイキイキと花開く。至福のいのちがエクスタシーとなって躍動ダンスを開始する。外なる極のすべてに向かうことで躍動できる。だから、二つの極が必要だ。向き合って対立する二つの極が必要だ。敵対する極ではなく・・・。(あなたは「自分のいのち」と躍動ダンスをしていますか?)

でも、最初は【中心】の確立が必要だ。それは、ただ単に至福の状態であり続けるだけのことだ。この【中心】と同調し続けることだけが「瞑想」の真髄です。これ以外の瞑想は、補助的なテクニックでしかない。テクニックが主役ではないはずなのに、テクニックを求めて放浪する。その放浪は、テクニックがムダだと分かるために・・・。テクニックではない。それは主役ではない。

だから、目をつむって独りで部屋にこもるとか、座禅を組むことさえ必要がなくなる。騒々しい人混みの中を歩いている時も、仕事をしている時も、雑談している時も、家事をしている時も、食事をしている時も、いつでも、どこでも、誰とでも、あなたは【中心】の至福という「瞑想」にいられる。必要なのは、ただ「そうしよう!」という【自発的な意志】だけです。

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