しにあ「素肌」が健全でなければ、何を上乗せ(上塗り)しても余計に醜くなっていくように、「素の心」が透明でなければ、いかなる欲や意志を上乗せしても醜くなる。

「素の心」(基本的な本質の心)が透明であれば、いかなる色あいを持った欲や意志も、中立にそのまま具現化される。そして、「素の心」の透明さは私たちの本質であり、それを「空」ともいい、至福といい、真善美愛という。

透明な心、素の心に、私たちはずいぶんと余計な思考や思い込みや偏見を上塗りしてきたけれど、思考・雑念の【そぎ落とし】が成されることによって、人が本来は普通に当たり前に持っていた、「至福が実感できる感性」が顔を出します。

人生にとって不自然な思い、至福・弥栄ではない思い、そういう思考や視点や個人的な解釈の思いを全て【そぎ落とし】されて下さい。(返上・明け渡しと同じことですが。)
至福は、そこにちゃんとあっても、それを「感じる能力」がマヒしているから分からないだけです。【思考】をもとにした「感情反応の興奮」ばかりを繰り返したからです。真善美愛に対する感性を取り戻さなければ、至福が腑に落ちません。至福から遠ざかるような【思考】を上塗りしたままでは、真善美愛への感性が戻りません。

かき集めて独占所有することが幸せだと思い込まされてきた私たちは、人間関係も、見えるモノも、見えないもの(テクニック・技法・知識情報)も、何でもかんでも収集しようと奮闘してきました。それは「多く所有するほうが特別な存在になれる」という信念によってです。その信念をもとにした思考も次々と生み出され、さらにかき集めていきました。

その全ての思考を【そぎ落とす】のです。そこにまことの美が出てきます。至福が出てきます。弥栄の心が出てきます。初めからあるからです。それが素であったし、モトであったし、基本であったし、普通であったのです。常であるもの、永久無限であるもの、それが至福であり、それを見出すために内面観察をするわけです。内面観察をするのは、思考や信念を見つけて【そぎ落とす】めです。(みそぎ・浄化です)

無駄な思考がそぎ落とされて、至福が顔を出したら、さらに【掘り下げ】が待っています。至福への感性をさらに掘り下げていくのです。それが深化・進化・神化・真化・新化(=発展繁榮)なのです。

今日、おしゃれな感性のシニアをテレビで特集していました。至福をもとにして、素の心をもとにして、美への感性を維持しているシニアたちは、若者以上にイキイキと美しかったです。至福(弥栄)への感性を深めるには、日常に不可欠であるファッションから始めるのが手っ取り早いと感じました。上の画像は75歳の、もと公務員の女性です! 思考から解放された自由な意志を持ち始めた人たちの至福よって、時代は素敵に深化していきますね。

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