かみとさたんここのところ「普通に至福ですが、退屈なんです」とか、「特にこれといった悩みもなくなり、そして特にこれといった欲も湧かないんです」というようなご報告を数多く受け取っています。

欲には二種類あって、何かを欲しがるだけの低級意識からの欲と、もっと素晴らしい存在として生きようという神欲があります。(欲とは意欲です。)

そしてまことの意欲というものは神の意欲のことですから、最初は積極的にそのように決意し、あえてその意欲を発動しなければなかなか湧き出しません!だから、わざわざ口に出して意宣る(いのる)のです。意思表示するのです。宣言するのです。神社にお参りするのもそういう意思表示のためです。

普通に至福であることは本当に感謝すべきことであるし、その至福を日々噛み締めても噛み締めても、ますます深く至福を感じることができます。でも、やはり必ず同じ至福は飽きるのです。ですから、創造性を発揮し、新たな豊かさを創る必要があるのです。

この至福という根本の状態は、あくまでも普通に根本土台であって、そこから「いざ!」という喜びの意気込み(意欲)を発動しなければ、満ち足りた至福(女性性)だけで片寄っていては、それ以上の豊穣発展が創造されません。必ず意欲(男性性)を発動する必要があります。

私たち虚空は「創造性の叡智」であるから、豊穣の創造性を物理次元に発揮できないなら、退屈で仕方なくなっても当然です。創造への意気込みをせず、いのちを弥栄創造の方面へ使わないなら、そのいのちは快楽娯楽の方へムダに消費されていくだけになります。実りなき消費で終わってしまいます。

虚空は同じ現状維持など観察したくはない。ですから、愛の神意識になって弥栄創造(=全体繁栄に貢献する意欲)の方に「いのち」を使わないのであれば、快楽方面に無駄に使うか、突拍子もない事件を起こして興奮する方面に使うことになります。

たとえば、突発的な事故を起こす。生死にかかわる事件を起こす。人間関係にトラブルを起こす。金銭にトラブルを起こす。病気になる。あれこれとハラハラできるような、心臓バクバクするような、感情が揺さぶられるような非日常的ドラマチックな事件を起こして、退屈しのぎをするのです。いわゆる日常のゴタゴタや不幸や問題はこのようにして創られていくのです。「退屈はイヤだ」というエゴの意志によって(笑)。

ですから、「私ってこんなに大変なんです!」と言ったところで、エゴがそれを望んでいるのだから、キリストやブッダや他の人はどうすることもできません。天は自ら助くる者を助く・・・しかありません。
私たちの本質は、進化(神化)した人型生命体になりたいと思っている。そういう生命体を観察したいという欲を持っている。でも、思考から成り立っているエゴがそれを欲求しない。望まない。愛をケチっていきたい。

声を大にして言いたいのですが、エゴの欲は本質的なあなたの欲ではないのだということを一体いつ気がつくの?いつそれに覚醒するの?まだエゴという夢を見続けるつもりなの?
私たちは今や、再び人間意識に退化するか(サタンになるか)、きっぱりと神の意識に進化して弥栄創造を実行していくか、ふたつにひとつを選ぶ瞬間にいます。(本当なら、2012年に神意識への進化を選んでいるはずでしたが)
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【昨夜の、東京イブニングセミナーにご参加下さった方々へ!】
足元がお悪いなか、多数ご参加下さって心から御礼申し上げます!なつかしい方々や、初めてお会いする方々や、一つの場で交流できましたことは本当に嬉しかったです。皆様の素直さと、意識の高さに驚いておりました。自信をもって、神として生きていかれますよう祈っております。

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