ずいぶん昔、『もし、肉体寿命が100歳の人の場合、それは人生を100年かけて生きたということではない。100年かけて死んだということだ』と書かれた文章を読んだことがあります。分かったような分からないような不思議な感覚を覚え、この文章を忘れることができませんでした。

でも、今、多少なりとも分かりつつあります。 若い頃は(人によっては老齢になっても)、生きることに関する欲求ばかりに意識が向き、死ぬことには意識を向けません。それは遠い先のことだから、あるいは怖いことだから、見ないでおこうとする防衛反応なのです。

でも、前回書かせて頂いたように、死や崩壊は寿命になってイキナリ訪れるものではなく、今ここに同時に在ります。でも今ここに在る死を見ずに、死への恐れを隠したまま生きていると、生そのものが恐れとなり全くイキイキしません。死から逃げるための生でしかないから、それではまことの生を生きたとはいえなくなります。死への恐れをどれだけ隠して、仕事やお金や恋愛や快楽にすりかえても、生きることへの恐れは変わりません。

私たちは生きることが不安なのではなく、実は死ぬことが怖いのです。お金の死、健康の死、結婚の死、プライドの死、エゴの死、過去の死、希望や理想の死、人間関係の死、仕事の死、勝負ごとの死、このような色々なジャンルを通じて死への恐れが表出しているのですが、その根本には【今の死】をおろそかにしていることが隠れています。

今ここという毎瞬を一期一会として死なせてあげる。今日をパーフェクトに死なせてあげる。あなたのエゴを、あなたの全ての言動を、名残りや未練がないように完全に死なせてあげる。それが生きるということです。

神意識(虚空意識)になってからの生きざまであっても、二極のバランスが必要であることに変わりはありません。バランスを崩せば、たちまちエゴに戻ります。ですから、いったん覚醒したからといって、悟ったからといって、二極のバランスを保ち続けることは全員が同じなのです。生を生きることと同じくらい、死と崩壊を情熱的に生きて下さい。このテーマは今年後半の重要なテーマになりそうです。まだ、うまく言葉でお伝えできず恐縮です。ますます詳細な言語化が来る時期を待とうと思います。

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最後に、ウサギ島での動画を掲載しました。初めてデジカメで撮りましたが、ブレはお許し下さい。眠くなったウサギがコテンと眠った瞬間をとらえましたので、萌え~~したい方はどうぞ!

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