今日は81の日。これだけが正解だと思って頂きたくないのですが、菊理媛神 (ククリヒメ) の日だと言われています。全ての生きとし生けるものが必ず神の門をくぐれるように助けるという誓願を立てたのが、この菊理媛神と聞いたことがあります。そして、今日は彼女のおかげなのか、根源の、基本的な、大切なメッセージが来てくれました。

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みずのはーと内なる中心にある至福、それは全身全霊の【基本的ありよう】であって、ことさらに頑張って手に入れるものじゃありません。「今、至福!」って感じたら、それでもう至福なのです。なぜなら、それだけが森羅万象の根源だから。これでもう虚空の瞑想がいっちょ上がり!(笑)。いえ、ほんとに!

左脳偏重になっていないなら、普通に自然にフツフツと湧き上がってくるものであり、ことさらに感じる特殊なものなんかじゃありません。ごく当たり前の感覚です。

多くの人は幸せになろうと追い求めているかもしれないけれど、まことの幸せ(=至福)は、何かをしている時にはありえないのです。何かをしている時というのは、やっている感覚(表面的な達成感)に満たされているだけの話しであって、永遠無限の至福とは全く異なるのです。

私たちの本質が求めてやまない本物の至福というのは、もっと内奥にあるものです。万物は、必ず本能的にそこに戻りたがって、そこを探す。見つからない時だけ苦しいのです。

多くの人が洗脳されて勘違いしていることですが、ゲーム上の幸せを自己の幸せと勘違いし、ゲーム上の幸せを常に追い求めてしまうということ。現実ゲーム上の幸せは、根源の至福ではありません。

 

虚空(無限ゼロ)の至福というもの、それはどうしようもなく絶対的事実だから、あなたの中心から失くなることも変動することもありません。それは究極の最高の幸せで、ピタ~っと動かず、みじんの風もなく、湖面が鏡のようにピタ~っと静まりかえった状態のことです。完全に満ちたりて、欠けているものが何もなく、完全飽和している状態。迷いがなく、疑いがなく、葛藤していない状態。

 

ところが、現実ゲーム上の有限的な幸せは、色々と洗脳されて教えこまれてきており、じつに多種多様なものがあります。「これをやっていると充実している!」とか、「これを手に入れられてラッキー!」とか、「これを体験できて嬉しい!」とか・・・。本気で思い込まされているわけですよ!

逆にいうと、やれなかったら不幸。体験できなかったら不幸。手に入らないなら不幸。こういう二極のなかで揺れ動くことも、現実ゲームとしては面白い。ですが、そのゲーム・パターンだけに入りこんでしまうと、最奥の至福とのつながりが希薄になっていきます。

 

虚空という究極の根源が、個人のあなたに求めていることは、最奥中心にある至福とのつながりを取り戻しなさいということなのです。そして、そこが神の領域へのドアなのです。高天原との連結点です。豊穣との連結点です。

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