こころの自由度!

| すぴりちゅあるブログ

次元って何でしょう?
よく、「高次の」とか、5次元や○○次元に移行するとかいいますが、明確に分かっていない人が漠然と口にしていると感じます。

次元とは【こころの自由度】のことです。(このことは以前のブログにも書かせて頂きました)
【こころの自由度】が無限100%であることを、古事記では【あっぱれな清明心】と表現しています。
【こころの自由度】が無限に近いほど「神」ですし、「源」の本質ですし、「高次元」ですし、「愛」の波動ということです。
「高次元」のことを、古事記では「高天原」(たかまがはら)と表現しています。

私たちは、何かを手に入れたり、お金を受け取ったり、欲求をかなえること自体に目が向きがちですが、実は、
本当に私たちが嬉しいのは別のことなのです!
本当に望んでいるのは、体験それ自体ではなく、そのときに感じる【こころの自由さ】なのです。
欲求が叶って嬉しいのではなく、欲求を叶えることができた【こころの自由さ】が嬉しいのです。
制限のなさ、ためらいのなさ、躊躇(ちゅうちょ)のなさ、このフリーな感触が嬉しさの正体なのです。

逆に言いますと、願いを叶えるために必須なのは「【こころの自由度】ありき」ということになります!
ここ、非常に大事です!本当に最大の秘密(TOPシークレット)を公開しています!
いかなる技法も、引き寄せマニュアルも、【こころの自由度】があって初めて生きてくるもの。

ひっかかりが無いこと、とまどいがナイこと、ためらいがナイこと、ストレート(素直)であること、そういうことが【こころの自由度】です。
別の言い方をすれば、制限フリー、呪詛フリー、式神フリー、理屈や理論フリー、条件フリー、です。
これが【無条件の愛】ということです。

【こころの自由度】が低ければ、【愛】も低いということで、欲求も湧きません。
全ての欲求は、【愛】という土台から自由自在に生まれるものであるからです。【愛】は【自由】です。
従いまして、【こころの自由度】は、自己への【愛】に比例します。

そして、この【愛】、つまり【こころの自由度】が完全であるとき、ようやくその土台から【天意】(弥栄の欲求)が生まれてきます。
【愛】(こころの自由度)を、古事記ではイザナミ神(真の女性性)と呼びます。
【天意】(弥栄の欲求)を、古事記ではイザナギ神(真の男性性)と呼びます。

【愛】と【天意】、このふたつの【あい】は二極循環し、補足しあい、表裏一体として動きます。
【愛】100%の自由な土台から、【天意】100%の欲望が誕生します。
そして【愛】100%(こころの自由度100%)なるものが原点であり、今も「あなた」そのものとしてちゃんとここに在るのです。
ですから、今からそうなるのではなく、むしろ逆で、100%をジャマしている呪詛や式神を「みそぐ」だけのことです。

今日は、【愛】についてのすてきな文章(詩)をアップさせて頂きます。
昨年の元旦、「空」の本を購入された方がメールを下さって、「拝読して、これまで私の中でイメージとしてあったものが、言葉になっているのを見て、同じイメージを持っている人がいるということを知るのは嬉しいものです」とおっしゃって、その時に添付されていた詩文がステキでしたので、ご本人の了解のもと、アップさせて頂きます。(了解を頂いて、今こそアップのタイミングだと思うまで、約一年も過ぎてしまいました。)
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ビッグ・バン
                          三四郎
昔々遥かな遠い昔
動物や植物はもちろん、太陽や地球が生まれるよりずっと前
数えきれない銀河で織りなす、この宇宙が生まれるよりももっと前のこと。
時が刻むことを始めるその前には
ただ、「それ」だけが存在していました。

時は移ることなく、永遠と今は一つになり、
変わることのない至福の中で、なぜか「それ」は、ふと考えてしまったのです。
私には何も欠けているものはない。なぜなら、
私はすべてであり、すべては私だから。
私は愛であり、愛がすべてであるから。
だが私は、このあふれる愛をどこへ向けたらよいのだろう。
私の中で、愛は飽和状態になり、出口を求めているのに、その出口は無い。
そうだ
私は今、私を解き放つことにしよう。
私を解き放つことで、愛は膨張を続け、もはやあふれる心配をすることもないだろう。

こうして起きたのが、ビッグ・バンでした。
ビッグ・バンの瞬間から、時は動くことを始め、変化が生じ、
すべてが生々流転するようになったのです。
解き放たれた「それ」は、千億兆の破片となり、
この宇宙を形作る素粒子となりました。
だから、素粒子の素材は愛であり、
素粒子が形作るこの世界は、愛が自ら膨張してできた世界なのです。

ビッグ・バンの初めのちょっとした揺らぎが、爆発に不均等を生じ、
その不均等から星雲が生まれ、星々が生まれました。
燃える恒星は、愛が初めて自分を具体化した形なのです。
空間は燃える恒星でいっぱいとなり、宇宙は昼のように明るく輝いていました。
そして、星々が冷えて固まってくると、愛は自分を降り注ぐことのできる相手が欲しくなりました。
もともと溢れ出る愛をなんとかしようと、ビッグ・バンが起きたのですから、
これは当然の成り行きだったのです。
「それ」は、その相手を星の上に作ることにしました。
愛は光、光を受け取る相手、
それが生物だったのです。

愛を受けて、生物は変容し、様々なバラエティーを生み
進化の階段を駆け上っていきました。
植物と動物が生まれ、生命は繁茂し、
地球は降り注ぐ愛を浴びて、地上の楽園となりました。

そこで「それ」はふと、また考えました。
すばらしい、
私が一人で至福の中にいた時よりも、さらに世界は豊かになった。
この世界を共に味わい、至福の時をともに味わう相手を、今度は作ろう。
なぜなら、
喜びは一人で味わうより、共に味わう方がより喜びが深いからだ。
こうして「それ」は、人間を作ったのです。
人間は、自分を作ってくれた「それ」を神と呼び、神とともに世界を創造し、
あふれる愛の受け皿になるとともに、自ら愛を放って、
楽園にさらに光を添えたのでした。

それからあとのお話は、様々な書物に書かれています。
失楽園の原因は、人間が知恵の実を食べたことによる、と。
知恵の実を食べた人間は、
すべてが愛であることに気づかなくなり、
人間は万物の霊長で、自分より偉い者は無い、と思うようになりました。
もちろん、神などは存在せず、
この世界は、人間だけに奉仕するためにあると、考えるようになりました。

すべてが愛であるのなら、
人生で起こるどんなことも無駄なことはなく、
それはすべて、あなたの気づきのためにあるのです。
けれど、世界は人間に抵抗するものであり、
人間はその世界を支配しなければならない、
と思うのであれば、
それは人を、混乱と苦しみの中に置き去りにしたまま、
出口の無い日々の連続になるでしょう。

幸いなことに、
私達を構成している素粒子の素材は愛なのですから、
私達の中深く問いかけてみればわかることなのです。
要はそのことに気づきさえすれば、
私達は決して独りではなく、
あふれるほどの愛に囲まれている、
ということがわかるのです。

ビッグ・バンの膨張は、今まだ続いています。
それは愛がまだあふれるほどに豊かであることを表しています。
いつかこの膨張は止まり、やがて収縮に転じて、再び一点に縮まるそうですが、
その時は、私達の愛や経験のすべてが融合して、このビッグ・バンが始まる以前よりずっと豊かな中身になっているでしょう。

そして再び、新しい宇宙が誕生するのです。
私達はこうして宇宙の収縮と膨張を何度も繰り返しながら、愛をより一層豊かなものにしているのです。

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