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覚醒への「お墨付き」

| すぴりちゅあるブログ


9日~11日までの、

比叡山リトリート(セミナー)が無事に終わりました。テーマは「おそれ(呪縛)を手放す」でした。

 

尋常ではないほどの深い気付きが起こり続け、
感謝と喜びでいっぱいになりました。

 

そして、それをまた、
他のセミナーでシェアできることは、本当に嬉しいと思います。

 

10年以上も前、
ある先生が私に面白いことを話してくれた、それをリトリート期間中に思い出しました。

 

その方は、「そのへんにいるヤンキーの兄ちゃんの中から、
(あなたよりも)早く覚醒する人が出るかもよ

 

と、当時の
私に言ったのです。

 

「え!?どういうこと?
こんなに真面目に学んでいるのに、ヤンキーの兄ちゃんより劣る?」と、ショックを受けたのを覚えています。

 

でも、今なら
その意味が納得できるのです。

 

くったくなく、純粋に人生を
心底から楽しんでいるヤンキーの兄ちゃんたちの中には、

 

余計なプログラムや固定観念がなく、
「~すべき」「~してはならない」といったような「おそれ」「縛り」が全くない人がいて

 

自由にノビノビと
命を躍動させて生きていたりします。



全ての「気付き」「叡智」は、

の躍動」の中に秘められており、

 

神としての
「自覚」も「覚醒」も、


 

全て、命の躍動から
出てくるものなのです。

 

ほんの1mgでも、
あなたの中に「恐れ」「畏怖」「葛藤」が隠れたままなら、

 

このは縮こまってしまい、
生き生きと躍動することはありません。弥栄な発展ができません。

 

つまりという「神の働き」が封じ込められ、
覚醒どころか、何をやるにしても苦しみと困難が伴います。

 

比叡山リトリートの期間中、
そのヤンキーの兄ちゃんの話を思い出したのと同時に、

 

そこに連動して
気付いたことがあります。

 

覚醒したという「自覚」がほとんど無いのに、
ちゃんと覚醒している方たちが意外にも沢山いるということ!

 

ヤンキーの兄ちゃんは、
たとえ覚醒したとしても、

 

「これが覚醒だ」
という自覚
無かったりする。


 

覚醒というむつかしい言葉も知らないから、
彼の実感が覚醒の感覚であっても、本人にはそれが覚醒だとは分からない。

 

だから、そのことを誰かに言いふらして、
優越感に浸ったり、

 

いばったりもしない。

 

ますます人生を
楽しいと感じるだけなのです。

 

ところが多くの人は、
自分覚醒したという
自覚」を欲しがる。

 

つまり「お墨付き」を
欲しがるわけですが、何のために覚醒の「自覚」を欲しがるのか?



おそらく安心感
自己満足達成感
くらいなものでしょうに・・・。

 

本当は、他の誰かからの
お墨付き」も欲する必要がないし、自分が自分へ「お墨付き」を与えることも必要ではない。

 

私の体験でも、
覚醒の実感を欲していない時に、全一な覚醒が起きました。

 

ヤンキーの兄ちゃんは、
はじめから「お墨付き」への欲が全く無いから、


 

覚醒の「自覚」なしで覚醒してしまい、
モノゴトを悟って、知って、気付いてしまう。


 

アッパレな心で、
今ここに命を目いっぱい輝かせて生きているからです。

 

そして、ますます好奇心に満ちあふれて、
楽しくなっていくばかり。

 

覚醒の自覚そのものを欲するよりも
一切の恐れナシに、
堂々とを輝かせて、喜びを躍動させていくほうが大事ではないかと思います。

 

そこから
覚醒の自覚が起こる可能性も高いですし。

 

そのために、
内なる「恐れ」「畏怖」を繊細に感じ取って、丁寧に見つけて下さい。

 

そして「外して」下さい。
どうやって外すのですか?という声が聞こえそうですが、ただ普通に「手放す」と思うことです。

 

「自分が怖れを所有している」
という意識そのものを手放す、と意図するのもいいと思います。

 

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