「青竹」と「積雪」

| すぴりちゅあるブログ

 

昨日の朝、なぜかフライングして、
ブログがアップされていました(大笑)

 

 

9時37分に
いったん取消しました。

 

 

今日のブログ、ほぼ同文ですが、
加筆修正もあります。

 

 

あらためて
お読み頂ければ幸いです。

 

 

その前に、追加したい内容があり、
それを先に書かせて頂きます。(お金の不安のご質問があったので)

 

 

先日も書きましたが、
豊かなエネルギーの巡りの感覚を「リアルに実感する」ことが鍵です。

 

 

実感
現実を
創るので!

 

 

世間一般のほとんどの人は、
お金が入る瞬間出る瞬間」にしか意識がないのです。

 

 

大局を見ず、
狭い瞬間しか見ていない。

 

 

しかもその一瞬に対して
「良い・悪い」のジャッジ(感情的な主観)すら入れています。

 

 

このジャッジが、
永遠無限のお金の流れを「割ることになるのです。

 

 

自動的に発展し続けてくれる流れ
自らが割る」のです。

 

 

オーマイガー!

 

 

降り積む雪の
 重さで折れて

 

落ちた青竹 
 軽さをぞ知る

 

(詠み人・Mana)

 

 

雪の重みを背負っているうちに、
「青竹」は自分本来の軽さを忘れてしまった。

 

 

折れ落ちた瞬間、積雪が飛散し、
ああ、自分はモトモト軽かった」と思い出す。

 

 

これは私たちの
魂の歌です。

 

 

でも私たちは
青竹とは違います。

 

 

地上界で背負った無数の重みを、
自らの肉体が折れ落ちるまで(死ぬまで)持っていなくてもいい。

 

 

折れ落ちる前に、自らの積雪を
溶かすことができるからです。それが浄化(癒し)です。

 

 

私たち魂は、モトモトは
天の歓喜(=未来永劫の歓喜)から産み出されており、

 

 

とてもとても軽やかな意識です。
今でもその魂の本質は何も変わっていません。何も。

 

 

それなのに、積雪の重みを自分だと
錯覚している人の何と多いことでしょうか。

 


積雪の重みとは
エゴのことです。

 

 

それは重たい思考であり、重い感情であり、
重い気分
であり、重い言葉であり、ジャッジ精神のことです。

 

 

魂の「軽やかな歓喜」を
自分そのものだと認識しない限り、

 

 

積雪の重みすらも自分だと思い込んで
「ズレて」いる限り、完全な癒しができません。

 

 

重い積雪を全て溶かすには、
歓喜が不可欠です。

 

 

ありがたいことに、今もそれは
「私たちからは」失われていないのです。

 

 

歓喜から生きるとは
「私は、よりエネルギーの高い人として、全てに関わりますよ」という意味です。

 

 

宇宙の創造は「軽やかな歓喜」の
ビッグバンによって始まった、
このことを決して忘れないで下さい。

 

 

ビッグバン以降も、弥栄な創造を調和的に進めるために、
弥栄システムの「中枢本部」は「真の高次神界」に置かれています。

 

 

当たり前ですが、
高次神界は「繊細な歓喜がベースです。

 

 

それ以外の波動は
存在できないようになっています。

 

 

この素晴らしい「歓喜の神界」で産んでもらった私たちは、
未来永劫の歓喜(永遠無限の歓喜)を使って、

 

 

地球づくり」「国づくり」をすることに
一致協力するはずでした。

 

 

でも、私たちが天意を忘れ、
永遠無限の目的を忘れ、

 

 

エゴの願望と一体化してしまったことによって
弥栄な地球づくりをしなくなりました。

 

 

地球という星を、自分の保身都合ばかりを
優先させるような場に変えてしまったのです。

 

 

いったい何のための
スピリチュアルでしょうか?

 

 

何のために
スピリチュアルを学び、追究されていますか?

 

 

そして今後、いったい何のために
生きていくおつもりでしょうか?

 

 

今こそ明確に
ご自分に問いかけて下さい。

 

 

その目的を「弥栄な地球づくり」だけに絞り、
それ以外は「歓喜の波動」で溶かし、浄化して下さい

 

 

天の歓喜と
自分の歓喜との
差を埋めさせて下さい」というイノリも有効です。

 


ほとんどの方々は積雪の重みに慣れてしまい、

なんの浄化もせずに「背負ったまま頑張る」ことを続けています。

 

 

それが美しい生きざまであるかのようにも
錯覚しています。

 

 

でもそのうち、そんな生きざまに
疑問や怒りを感じ始めると、

 

 

今度は「もう頑張りたくない。スピリチュアルもどうでもいい。あとはとにかく楽しく生きてやる」と決め、
(重たいまま)楽しさを欲する方向に行くのです。

 

 

そうやって「弥栄な地球づくり」に関して
何もしない人や、ただ見ているだけの人は、

 

 

何もしない」という「ひずみ」を
宇宙に創ってしまい、
発展をジャマすることになります。

 

 

ですから、どうかお願いです、
魂という歓喜(青竹の軽やかさ)が「ご自分の中心軸」であることを思い出して下さい。

 

 

私たちは常に
生きて振動しています。

 

 

私たちの見える部分も、見えない部分も、
振動し続けているのです。

 

 

私たちは常に
波動の存在です。

 

 

どうか真の自己である「歓喜の波動」を思い出し、
常にそれを意識し、歓喜そのものに戻りましょう。

 

 

次元上昇、
神あがり
証し」は
歓喜
です。

 

 

そして、次元上昇して
歓喜に戻ることは

 

 

ゴールではなくて
「全てのスタート」です。

 

 

積雪の重みを溶かして
完全に癒せるのも、歓喜でスタートを切るからです。

 

 

今後はますます「歓喜で生きよう」という
スピリチュアル・メッセージが増え、世の中の主流の表現になると思います。

 

 

でも、実際に日常生活を「歓喜で生きよう」とすると、
多くの方が「」となるでしょう。

 

 

せいぜい笑いを絶やさない
くらいのことしか思い浮かばず、イマイチよく分からない生き方ではないでしょうか。

 

 

そんなとき、あるスピ仲間から
素晴らしいアドバイスを頂きました。

 

 

「歓喜で生きる」
ではなく、

 

 

歓喜を使って生きる
というコトダマ
に変更しなさいと。

 

 

「なるほど~」と
合点がいきました。

 

 

歓喜
「使うもの」
だったとは!

 

 

使う、使う、使う、
エネルギーとして使うから巡る!

 

 

自分が「使う」ことで
他へも大きく広がりますね!

 

 

まさにこれも
天地が望んでいることです。

 

 

歓喜を使うことは、
魂を使うこと(活かすこと)であり、魂をますます磨くことになります。

 

 

歓喜を使うことで、色々な魂の能力(神通力)が
自然に発揮されます。

 

 

皆様、ためしに、手や足や
カラダのパーツなどを「歓喜を使って」動かしてみて下さい。

 

 

ただ普通に手や足を動かす時よりも
はるかにスムーズに動きませんか?

 

 

何より、「歓喜を使って」何かを動かしている時は、
自分自身もとても楽しくなりませんか?

 

 

歓喜を使ってカラダを動かす
(仕事をする)(遊ぶ)。

 

 

歓喜を使って
祈る、祝う、感謝する。

 

 

歓喜を使ってハートの扉を開く
(人や物事と向き合う)。

 

 

歓喜を使って舌を動かす(食べる)。
歓喜を使って目を動かす(見る)。

 

 

「歓喜を使う」ことは
「神のみわざ」なのです!!

 

 

次回の更新予定は
2月27日(火)です。

 

 

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